1997年12月末、甲斐駒ヶ岳支脈、日向八丁尾根に入る。  

87年12月以来、丁度10年ぶりの、同山域での山行。

この間、困難を極めた放浪生活は、幸運にも終りを告げ、

定住生活の恩恵に一旦浴するものの、時代は何の情けも容赦もなく、

その迫害と追撃の手を一切緩めなかった。

嘗て隆盛を誇った精神の砦は、早期に変質し、自ら瓦解した。

氾濫する廃墟のイメージの中、出発と飛翔を促す歌が人々の心を捕え、

瀕死の魂を熱く鼓舞した。

そうした一人がここに来た、記憶の中の、幽玄な大気に誘われ。

そしてこの痕跡と証とは、今もなおこう語り続ける。

何も失なわれてなどいない、全ては今なおここに在る、と。