翌87年には、未踏破の八丁尾根、大岩山〜烏帽子岳・三ツ頭間を8月中旬に走破した。

この時は一日目に大岩山まで進み宿営、2日目に甲斐駒6合目を目指し早朝に出発する。

大岩山からの下降部にある巨岩の障壁は、僅かな立ち木と草付き部分を辿ることで切り抜け、 

そこから先は尾根筋の視覚確認を頼りに、立ちはだかる灌木と立木をかき分けながら、遮二無二に上り下りを進んだ。 

烏帽子岳山頂近くになると、極めて脆い板状の岩石が逆立ち状に堆積しており、

通過には極めて慎重な配慮を要した。岩礫帯を騙し騙し進み這松帯を抜けると、

直ぐ目の前の甲斐駒主稜線へ続く踏み跡が現われた。八丁尾根分岐点到着午後3時近く。踏破におよそ8〜9時間ほどを要した。

分岐近くの林内で休息していると甲斐駒方面から来た、年齢40〜50才ほどの登山者に遭遇。これから鋸岳に向かうとの話を聞く。

人影が稀なルートでの出会いに興味をもたれたのか、登山ルートを聞かれたので、八丁尾根の旨を答えると、

いたく感心された様子で、この経験はこれからの大きな力になるだろうという、ねぎらいの言葉を頂いた。

登山計画の性格上、人との交渉が比較的稀な中にあって、この出会いは貴重な何かを残してくれたような気がする。 

 

同年12月末、前年12月に続き,再度冬期大岩山へ入った。たった一日ではない、一週間程の滞在が、今回の目的だった。

1日目の午後遅くに駒薙の頭に至り、林内に幕営。美しい夕焼け空が広がっていた。