午後、双児山から鋸岳方面を望む。

左から、三角点ピーク、鋸岳第一、第二高点、熊穴沢の頭、

三ッ頭、烏帽子岳の峰々が並ぶ。

春の穏やかな陽射しに誘われ、一日をここで過ごす。

心地よげな鞍部にテントを設営し、休息していると、

半睡半覚状態の中で、やって来た誰かと会話が始まる。

意識がより覚醒状態に浮上すると、暫く前にこの山域で起きた、

遭難事件を思い出した。黒戸尾根経由で登った10代の若者たち

が、短時間での登頂後、下山途中に力尽きて、帰らぬ人となった。

その内の一人は、だいぶ経ってから、双児山の樹林内で発見されたという。

高峰では、極めて厳しい自然の諸条件と、恒常的に肉体を苛む、

極度の負荷作用とが連動し、脳神経細胞が特異な活性状態に陥ることがある。

この幻覚らしき現象も、そうした一つだったのだろう。

しかしそれはそれで、一つの「真実」を含みうる。

それはここに至るまでの甲斐駒核心部で、何が存在していたかが、証している。

それは無限の空隙へと繋がる空間、そこへの戸口そのものだった。

そしてそこでは人間はまた、限りなく小さくなる。遂にはエレメントの一単位と、等価になる。

そうしてその目撃者として帰還する。或いは体現者としてそこに留まる。

共に無限の世界の証人として。