1987年3月初旬、不動清水より、西岳山頂へ向かう。

嘗てより何度も繰り返された、数ある西岳詣での一つ。

しかし山頂でのいつもの「邂逅」、 即ち、

突然眼前に開かれる清明の山体、そして、蒼き天頂への誘いは、

この時はなかった。

上空に入り込んだ暖気と湿気とが、膨大な水蒸気の塊りを産み続け、

山地は覆い被さる厚き靄に、何日も覆われた。

そしてこの時、風景は、

自身の内奥から、語り始める。